富士吉田ミニ辞典

知れば知るほど、富士吉田の歴史はぐんとおもしろい。

手力男命
手力男命(たぢからおのみこと)は、日本神話「天の岩屋戸」で知られる大力の神様です。
天照大神が素戔鳴命の暴状を怒り天の岩屋戸にこもったため、常闇となってしまった天地。何とか大神に外へ出してもらおうと群神が相談し、天児屋根根命が祝詞を奏し、天鈿女命が舞を舞い、これに心ひかれた天照大神が岩屋戸からわずかに顔をのぞかせたところ、かかさず岩屋戸を開いて、大神を引き出したのが、この手力男命です。

木花開耶姫
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)は、大山祗命の娘といわれます。
彦火之瓊瓊杵命の妃となりましたが、その貞操を疑われたことから産屋に火をかけて、その火で火闌降命(ほすそりのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでのみのみこと)火明命(ほあかりのみこと)らの神々を安産しました。山梨県内では、伝説をそのままに、安産の神とする考えが強いようです。

富士御影
吉田火祭りは、8月26日の午後3時に浅間神社本殿において祭事を執行。続いて、神輿を諏訪神社の高天原と称する1区画に移し、発興祭りを行ったあと、真榊台、太鼓、神輿、富士御影、氏子参列者が列を整えての出立となります。富士御影とは、富士を摸した神輿で通称「おやまさん」といい、決して神輿の前に出ることはありません。また、重さ1.5トンの富士御影は、時々地上に放りだされるという不思議な習わしがあります。

火祭り大たいまつ
吉田の火まつりに夏の夜空をこがし燃え上がる大たいまつは、猛火の中で皇子を安産した木花開耶姫の伝説に由来しています。この大たいまつは、高さ3m、重さ200kgで、すべての職人さんの手によって作られています。祭りの当日は、神社に奉納された70余基の大たいまつが沿道約2㎞にわたって立てられ、街に夕暮れのとばりが下がると点火されて火の世界を現出していきます。

富士講の行衣
富士講の人々が白い行衣を身につけ、口々に「六根清浄」と唱えながら山頂をめざすことはとく知られていますが、あの行衣には、二つの意味がめられているようです。まずひとつは、富士山は神聖な山なので、登拝時には清浄なものを身につけるという意味で白。二つめは、あの世である山頂へ向かうことから死装束の意味もあったといわれます。ただし山は冷え込むので、夜や早朝には、このドレラを羽織ったとのことです。

流鏑馬の蹄占い
流鏑馬は、往古富士山2合目、御室浅間神社の祭礼に、天下泰平・五穀豊穣を祈願して、馬返し付近のりゅうが馬場で、勝山・下吉田の氏子が奉納したのがはじまりといわれます。蹄占いは、、馬の蹄(足跡)によって、争いや火事、町の吉凶などを占います。「占人」という世襲の家があり蹄の跡を検証し、記録し、御宅宣をくだします。凶と出た方角の村や部落では、全村の大人が集まって盛大「お日待ち」をし厄祓いいをします。


※最終更新日:2011年2月10日